
※写真はフィクションです。実際に飼ってるインコとは関係ありません。注意)
僕の戯言
これはただの戯言。だけど、僕にとっては本音そのものだ。
セキセイインコもオカメインコも、年齢的にもう若いとは言えない。次のお迎えはどうするのか。そんな問いが、最近よく頭の中をくるくる回る。でも今のところ、新しい子を迎える予定はない。というより、正直に言えば考えられない。
今いる子たちで、手がいっぱいだからだ。
秋に健康診断を考えている理由
今年の秋、全員の健康診断を受けさせようと思っている。
なぜ秋なのか。それはシンプルで、僕の懐事情がその頃に少し落ち着きそうだからだ。インコの健康診断は、想像以上にお金がかかる。小型の鳥だし、診察代なんて安いだろうと思っている人もいるかもしれない。でも、それは大きな誤解だ。
平均して一羽あたり15,000円くらいはかかる。そこに交通費が乗る。複数羽となれば、軽く数万円は飛んでいく。財布の中身が一瞬で羽ばたいていく感覚だ。
それでも行く。行かないという選択肢はない。
小さな体の中に詰まっているのは、命そのものだ。異変は突然やってくる。昨日まで元気だったのに、今日急に様子がおかしい。そんなことが鳥の世界では珍しくない。だからこそ、元気なうちに診てもらう。これが僕なりの責任だ。
「インコなんてお金かからない」は幻想
インコなんて小さいし、餌代も安いし、そんなにお金かからないでしょ。そう言われたことがある。
違う。全然違う。
確かに犬や猫と比べれば、日々のフード代はそこまで高くないかもしれない。でも、医療費は決して安くない。専門的に診てくれる病院は限られているし、検査も繊細だ。レントゲン、血液検査、糞便検査。小さな体に合わせた医療は、手間も技術もいる。
だから高い。でも僕は高いとは思わない。必要経費だ。命と引き換えにするには安すぎるくらいだと思っている。
ただ、現実問題としてお金は必要だ。だから秋。今は備える時期。コツコツと、静かに準備している。
お迎えを悩む理由
年齢的に、新しい子を迎えるのはどうなんだろうと考えることがある。
もし僕に何かあったら?この子たちはどうなる?そんな未来のことまで考えてしまう。若い頃は勢いで「大丈夫」と言えた。でも今は少し違う。
今いる子たちを最後まできちんと見る。それだけで、十分に大きな使命だ。
新しい命を迎えるということは、その子の一生を引き受けるということだ。可愛いだけでは済まない。通院、看病、夜中の保温、急な出費。全部ひっくるめて家族になる。
だから、今は考え中。
こいつらの喜怒哀楽
インコたちを見ていると、本当に感情が豊かだと感じる。
さっきまで楽しそうにさえずっていたのに、次の瞬間には怒っている。放鳥中にお気に入りの場所を取られれば、全力で抗議。かと思えば、満足げに羽繕いしている姿は王様のようだ。
泣くことはない。人間みたいに涙を流すわけじゃない。笑うこともない。でも、楽しそうに鳴いている声と、怒って鳴いている声はまったく違う。
その差は、飼い主なら分かる。
「今日はご機嫌だな」「今は近づかない方がいいな」そんな空気の揺れを読むのが、日常になっている。言葉は通じなくても、通じている瞬間は確実にある。
それが嬉しい。
手がいっぱいという幸せ
正直に言えば、毎日余裕があるわけじゃない。お金の心配もするし、将来のことも考える。
でも、ケージの中でこちらを見上げる小さな瞳を見ると、思うのだ。
手がいっぱいでいいじゃないか、と。
この子たちのご飯を用意して、体重を測って、様子を観察して、放鳥して、掃除をして。それだけで一日が終わることもある。でもその時間は、無駄じゃない。
むしろ、濃い。
僕の生活は豪華ではないし、余裕もない。でも、この小さな命たちと積み重ねる時間は、確実に僕の人生を形作っている。
戯言のようで、本気の話
お迎えは今は考えていない。秋には健康診断へ連れていく。そのためにお金を準備する。
ただそれだけの話だ。
でも、その裏側には覚悟がある。小さな体に宿る大きな命と向き合う覚悟。
インコは小さい。でも、存在感はとてつもなく大きい。
怒った声も、楽しそうなさえずりも、全部が僕の日常だ。
これは戯言。でも、僕にとっては真面目な決意表明。
今いる子たちを、最後まできちんと守る。それが今の僕の答えだ。
